投稿日:2008-08-15 Fri
子供の頃、敬老の日になると、近くで暮らしていた祖父母の家へ出かけて行き、とりあえず「おめでとう」の言葉と、毎年いろいろと贈り物をしたように思う。贈り物の種類は、はじめはその場のかたたきや、おてつだい。それが、肩たたき券やお手伝い券に変わり、やがては贈り物らしい「包装紙」に包まれたものに変わった。
ところで、じつは祖父母のうちの、祖父の誕生日がじつは敬老の日なのである。
これには子供心にも困った。
なにが困るかと言って、プレゼントの内容である。イベントの内容である。
祖母と同等に一緒に祝ってしまうと、せっかくの誕生日なのに、まるでクリスマスイブの誕生日のように忘れ去っているように見える。
かといって、祖父を特別に祝ってしまうと、一緒に祝っているはずの祖母に不公平感を与えてしまうのではないだろうか、と。
これには参ったが、とりあえず、昼と晩と、一日に二度祝い事をすることで、後日落ち着くことになる。
これと同じ悩みは、きっとこどもの日やクリスマスに生まれた子供と、その兄弟のいる家族でもみなアタマを悩ませているのではないだろうか。
いかにして不公平感をなくすか。……なかなか難しい問題である。
ところで、私が贈ったもので多かったのは役に立たない小物である。
花はいずれ枯れてしまうし(最近では枯れない花なんてのもある、参照→ 『三越』 敬老の日特集 )食べ物はちょっと難しい。そこで、愚にもつかない小物。これなら、飾っておけるし、しまっておけるし、なにかの拍子に見てそのときのことを思い出してもらえるかなと、そう思ったのである。
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